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爪のようなもの・最後のフェリーその他の短篇

森泉岳土/著

今年、村上春樹の久しぶりの短編集が発売されて話題になった。


村上春樹の短編は、時代の節目毎に様々な顔を見せてくれるし、さらに読み手自身が年を重ね、価値観が変化することによっても、物語の中身は様子を変えていくから不思議だ。



『一人称単数』という言葉は、「私」に向けた、「私だけ」のために存在するような村上春樹の短編集の書名に相応しい言葉だと思った。



昨年に村上春樹の初期の恋愛短編『蛍』と、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』をコミカライズした森泉岳土は、1984年という時代の等身大の男女を切り取った『蛍』。そして、やがて訪れる近未来への不安を恋人達のロマンスを通して描いた『一九八四年』。この二つの作品を通して、言葉では表現することの出来ない現代社会への息苦しさを見事に描ききった。この二作が一冊の単行本という同じ土壌で書店に並ぶ日が来るとは、誰も予想出来なかったはずだ。



漫画界だけではなく、文芸界でも年々注目されてきている、最も文学に近い位置にいる稀代の漫画家・森泉岳土の最新短編集が本書だ。



著者の森泉岳土は、2010年に商業マンガ誌でデビューして以降、ペンやインクを使用せず、水に墨を落として色を塗り、爪楊枝と割り箸で線を描くという独特の手法で漫画を描き続けている。



その個性的な技法だけではなく、作風も非常に独特で、コマ割りのどこにも属さない絵を描きながらもストーリーとして成立させてしまう他に類を見ない表現方法、そして詩的な後味を残す文学的な語り口で、漫画界のみならず作家、映画監督、アーティスト等、様々な業界にファンが多く存在する。



オリジナルの作品も出版しているが、上記に紹介した『村上春樹の「蛍」・オーウェルの「一九八四年」』のように小説をコミカライズした作品も少なくなく、漫画を通して原作小説の面白さや文章だけでは伝わり難い表現を、高い描写力と表現方法で見事に描く。



今回紹介する最新短編集『爪のようなもの・最後のフェリー』には、直近の漫画誌や文芸誌に掲載された短編と、作家・片岡義男の掌編をコミカライズした作品、義父の大林宣彦監督との思い出を綴った作品、身体の内から放たれる言葉を多用なサウンドで楽曲化し、若者を中心に人気を集めている青羊のソロユニット「けもの」が電子雑誌「ZINE」で発行した雑誌に寄せたエッセイ作品等、バラエティに富んだ短編がギュッと詰まった作品集だ。



どの短編も短いながらも非常に濃厚で、充実した読書体験が出来る作品に仕上がっているが、特に注目したいのが表題作にもなっている、『爪のようなもの』と『最後のフェリー』だろう。



『爪のようなもの』では、「死」をあえて目で見える形で描くことなく表現し、さらに死者からの爪痕を感じることによって、漠然としたメメントモリへの畏怖と、時と共に薄れゆく死の記憶との対比が、たった数ページの作品に詰め込まれている。



対照的に『最後のフェリー』では、ダンサーの女性との熱情的な恋愛を描き、ラストでは目前に迫りつつある別れの場面でも、いつかきっと再会できるだろうという希望を描いていて、この2作の明暗の対比が非常に素晴らしい。



そしてどの作品でも、人間の内面にうずまく複雑な心理を、まるで日の当たらない死角を狙いすますように短い話の中で切り取ってみせる。その人間描写力とでも言うべき技術の高さは芸術的で、それは私達がこの世の中に数多存在する物語の扉を、そっと開く時に感じる高揚感に似ている気もするし、誰かの人生を覗き見ているような、少しのやましさも感じるから不思議だ。生と死、そして人間の持つ多面性を混在させた物語。それが森泉岳土という作家の魅力だろう。


(2020/10/1「本がすき。」掲載:文教堂 青柳)




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  • 出版社/メーカー


    小学館




  • ISBN/JAN


    9784098607358







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