引退を考えるエルキュール・ポアロは、友人の言葉をきっかけに決意した。自分の名、エルキュール(ヘラクレス)にちなみ、「十二の難行」を我が身に課し、それを最後の仕事にしようと。
ギリシア神話をテーマに、名探偵ポアロが活躍する短編集。
ミステリとしての面白さは作者名の時点で約束されていることですし、『そして誰もいなくなった』などではあまりにも誰でも知っていると思われるので、個人的に好きな作品を紹介させていただきます。
初めて読んだときはギリシア神話が好きだったことから何となく手に取ったのですが、モチーフとなる神話と物語の中の事件とのリンク具合が素晴らしくひねりが効いていて、ミステリ好きとしても神話好きとしてもとても楽しく読みました。
例えば、神話の中でも一番有名と思われる第一の難行「ネメアの谷のライオン」になぞらえられているのは、お金持ちの御婦人の愛犬(チン)の身代金目的誘拐事件です。あんな可愛らしい愛玩犬がネメアの獅子ですかムッシュー・ポアロ!何というセンス!
また、十二の難行の中には「三十年間掃除していない牛舎を一日できれいにする」というある意味怪物と戦うより辛そうなものがありまして、その「アウゲイアス王の大牛舎」になぞらえられているのはとある政治家の長年に渡る汚職です。本家ヘラクレスの取った手段はなかなかに豪快な力技ですが、こちらの頭脳派ヘラクレスの解決法も……内容はどうぞ本編をお楽しみください。
考えてみれば「灰色の脳細胞」が自慢のスマートで都会的な紳士である名探偵の名前が、ギリシア神話一の脳筋(失礼)肉体派ヒーロー由来だというところから素敵に皮肉ですね。ミステリの女王、最高です。(河内長野店 樽野)
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早川書房
ISBN/JAN
9784151300608