インドの寺院から略奪され、イギリスへ渡った巨大なイエロー・ダイヤモンド<月長石>。
奪った者には災いが訪れると言い伝えられ、その周囲に不審な三人組のインド人の影が見え隠れする不吉な宝石は、名家の令嬢の誕生日プレゼントとして贈られたその夜、忽然と姿を消した。名刑事カッフ部長刑事は犯人の目星を付けるが、被害者側の意向で捜査は打ち切られ、月長石は行方不明のままに……。
ミステリ黎明期の古典的傑作。
有名すぎて今更、という作品ではありますが。かなりの大長編で本の厚みに怯みかけましたが、ご安心ください、一度表紙をめくればどんどん読み進められます。
名探偵によって意外な真相がズバッと指摘される、といった展開にならないため、純粋にミステリとしては正直ちょっと弱いかもしれませんが、様々な人の思惑が絡み合って話がどんどんややこしくなっていく人間ドラマがとても面白いです。犯人以外の人達が自分の事情で嘘を吐いたり隠し事をしたりしていなければ、この事件、事件にすらならなかったかもしれないんですねえ。探偵役のカッフさんもとてもいい味を出しています。
ちなみにすれたミステリ好きとしましては、当初「怪しいインド人」なんていかにもなミスディレクションだな、などと失礼なことを思ったりもしたのですが、そちらが(以下ネタバレ防止の為自主規制)。
そもそも物語の中心である月長石は「インドで略奪してきたお宝」なわけで、しかもその際にどうやら相当非道な真似をしているらしく、この宝石に散々振り回されて苦しんだり悩まされることになるイギリス人たちは、異国で同胞がしでかした蛮行の報いを受けたようにも思えます。いや、巻き込まれた中には何の罪もない人もいるのですが、でもそう考えると、ラストシーンがより秀逸に感じられます。ものすごく(ある意味)美しく絵になるシーンで、この物語の主人公は<月長石>なのだな、と強く印象付けられました。
(河内長野店 樽野)
フェア/カテゴリ
書店員おすすめ
出版社/メーカー
東京創元社
ISBN/JAN
9784488109011