今年の本屋大賞を受賞した凪良ゆうさんが絶賛している本作は、家族から、そして大切な人達からも逃げるようにして海に近い港町に引っ越してきた女性・貴瑚が、ボロボロに破れた衣服をまとった少年と出会うところから物語は始まる。
冒頭で貴瑚が「風俗嬢だったのか」と疑われ、地元の人達に奇異の目で見られるという部分が、西加奈子さんの『漁港の肉子ちゃん』のような作品を彷彿とさせるが、主人公の貴瑚には肉子ちゃんのような寛大さや包容力がある訳でもなく、周囲の人々とは距離を置き、自分に対して危害を加えるかもしれない他者に対してはより過敏に拒絶反応を示す肉子ちゃんとは正反対のような人間だ。
けれど貴瑚には共感力が非常に高く、自身と同じような境遇を経験してきた人には優しく、母性にも似た包容力を見せる。時間はかかるけれども、村中のような真摯に貴瑚と向き合おうとしてくれる人には、心を開いていくこともできる。この感情の動きは矛盾しているようでいて、実は誰しもが持っている心理行動だと思う。
だからこそ自己肯定感関連の本がここ数年で増えて来て、自己啓発としてだけではなく、ビジネス書や女性の読み物として等、幅広く読まれる棚の定番書になってきているのだろう。
凪良ゆうさんの『流浪の月』が世間から隔離された二人だけの世界から始まる物語であるならば、本書は世間から傷つけられて生きていくことしか知らなかった二人が、世界と向かい合い、成長していく物語だといえるかもしれない。
この物語は耳を澄ましても届くことの叶わない、悲痛な声に溢れている。それは目を背けて本を閉じてしまいたくなるくらいに辛い読書体験だった。 けれど、その綴られてきた幾つもの滂沱の涙は、どこまでも果てしなく続く広大な海に繋がり、渇いた涙の跡を大いなる愛で充たしてくれた。
きっとこの作品は、ずっと忘れられない物語になると確信させてくれる。(文教堂 青柳)
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出版社/メーカー
中央公論新社
ISBN/JAN
9784120052989