1856年、クリミア戦争から命からがら生還したエドモンド・ニーダムは、唯一の血縁者である姪のメープルに迎えられて新しい生活を始める。
その翌年、スコットランド近くの「月蝕島」沖に、氷山に閉じ込められた帆船が流れ着いたというニュースが世を騒がせる。貸本屋で働き始めていたニーダムとメープルは、作家チャールズ・ディケンズとハンス・クリスチァン・アンデルセンの世話係として、成り行きで月蝕島へ向かうことに……。
本作から『髑髏城の花嫁』『水晶宮の死神』と続く『ヴィクトリア朝怪奇冒険譚三部作』の第一作です。怪奇冒険譚と銘打っていて、実際怪奇な存在は登場するのですが、そちらははっきり言ってメインではありません。第一作の主な敵は、怪物ではなく権勢を振りかざして弱い立場の人々を踏みにじる暴虐な地主という現実的な悪党です。
メインとなるのは、そこに至るまでの物語に浮かび上がる、当時のイギリスの社会と人々の素晴らしく生き生きとした姿です。本当に目に見えるようで、ニーダムさんやメープル嬢と一緒に大英帝国最盛期のロンドンの街を歩いているような気分にさせられます。もちろん社会の矛盾や残酷な影の部分もしっかり描かれているのですが、それも含めてとても魅力的なのです。
さらには作家先生方をはじめ、グラッドストーン・ディズレーリの後の大宰相たちやフローレンス・ナイチンゲール女史など、ヴィクトリア朝の有名人が大勢登場していて、歴史好きはにやにやし通しで読みました。特にディケンズ先生はレギュラーで活躍なさっています。他にも第二作『髑髏城の花嫁』の登場人物が『ドラキュラ』オマージュですよねこれ、な発言をしていたり、細々としたネタも楽しいですよ。
ついでに主張、「本がなければ生きていけません」と断言するメープル・コンウェイ嬢は私の心の友です。思わず両手を取って「同志よ!」と叫びたくなりました。(河内長野店 樽野)
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東京創元社
ISBN/JAN
9784488592028