わたしの人生は非の打ち所がない。仕事で忙しい夫を長年しっかりと支えてきた。三人もの子宝に恵まれ、立派に育て上げてきた。もちろん些細なトラブルはいくつもあったけれど、それぞれ正しく対処し、解決してきた。今は何の問題もない。わたしは家族を愛しているし、家族はみんなわたしを愛している。
……本当に? 本当にそうだったの……?
夫との関係、子どもたちとの関係、友人との関係。理想的で幸せだったはずのジョーンの人生にふとしたきっかけで差した影は、じわじわと濃くなっていく。ひとつの小さな世界の崩壊を静かに残酷に描く物語。
ミステリの女王の代表作のひとつながら、ミステリではありません。が、見えなかったもの(見ようとしなかったもの)が少しずつ少しずつ罅が広がるようにあらわになって不安が募っていくサスペンスは凄まじいの一言で、著者の最高傑作に挙げる人も少なくない名作です。
主人公のジョーンが目を逸らしてきた「真実」に、おそらく読者は本人より先に気付きます。彼女が何をしてきたか、周囲の人々は彼女をどう思ってきたか、かつて友人との間に何があったのか、そして彼女はどういう人間なのかということに。何より、家族はみんなそのことを理解していて、何度も指摘もされながら、本人だけが何も知ろうとせず、向き合うことから逃げ続けているという悲惨で醜悪な事実に。
思いがけず長い時間ひとりきりで考えることになったせいでようやくそれに気付いたジョーンですが、さらにその上で彼女が最後に選ぶ道は、考えうる限り最も哀しく愚かしく、そしておぞましいものあると同時に「いかにもありそう」で、それが何より恐ろしいです。エピローグのこの後を想像するとぞっとします。幻想はもう砕けてしまっているのに……。この作品、ホラーとして読むこともできるのでは?
可哀想なジョーン。それは紛れもない自業自得だし、また人間は誰しもある程度はそうなのかもしれないけれど……。読後感の重さと救いのない圧倒的リアリティに打ちのめされます。人生で一度は読んでください。(河内長野店 樽野)
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出版社/メーカー
早川書房
ISBN/JAN
9784151300813